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Reviews

PPAS特集記事

SAMSARA

ピンホール写真

ピンホールカメラとの出会いはアメリカ留学時代であったが、その頃は特別な関心も興味もなかった。ある時、銀座のプロカメラ店で写真機材について世話になっている親しい友人から、大型(8×10インチ)カメラの中古が安く出たと情報が入り、レンズまで買う余裕はないが、とりあえず箱だけでも、と手に入れたことから始まる。そのカメラが手元に届いた1988年3月、これも偶然なのだが、大学の冬休みを利用しての四国への旅の計画があり、レンズは無いが箱だけでも持参して撮影したいと思い、早速カラーフィルムを注文して旅に出たのである。ピンホール写真の最初の作品は、四国の室戸岬の朝日であった。弘法大師を深く信仰している母、その時は横浜で病床にあったので、母の病気平癒を祈願して、日の出の一時間前から東(その日はまた偶然にも春分の日でもあった)に向けて三脚を立て、じっと光が差し込むのを待っていた。京都に戻って初めて現像したピンホール写真は想像以上に良いできで、新たな表現への意欲を掻き立てられた。以来18年の年月をかけて日本の海岸線を歩き、朝日や夕日の光、風、空気をピンホールカメラで撮り続け、現在は二巡目に入っている。

ピンホール写真撮影時の長時間露光の時間(ときには1時間以上も太陽を待つこともある)を使って海岸線の漂流物(ピンホール写真には写らないモノ)を拾い集めるようになった。そして『SAMSARA』(サンスクリット語で「輪廻」)は、漂流物ゴミをオブジェにした「風マンダラ」シリーズの新しい展開として発表したインスタレーション作品である。その制作過程でゴミを拾った場所を今、グーグル・アースでたどると、ゴミのラインが確認できるほど日本列島が変化していた。作品の副題「見えるモノから見えないコトへ」が示すように、環として繋がる時間経過のなかで、変わりゆくモノと変わらず留まるモノ、見落としている見えないコトに気付く、という私なりの挑戦が込められている。便利さと引き換えに地球規模で考えなければならない問題が起きているように感じている。

1988年から始まった『縁起マンダラ』シリーズでは、四国八十八か所を訪れて、僧侶の合掌の写真とともに、その土地で偶然出会った人をポラロイド写真で撮影し、次の人に繋げて、人の縁を作品に取り込んだもので、写真を開かれたメディアと考えた。