このページは芸術家鈴鹿芳康の公式ウェブサイトです

Reviews

PHPほんとうの時代 Life+ より

『#4031-Indonesia-Bali-Amed(朝陽)』
2011年-ピンホール写真
『#4014-Indonesia-Bali-Pura Uluwatu』
2011年-ピンホール写真

天・地・人の縁と陰陽の調和を
追求する写真表現

鈴鹿芳康は、絵画や版画、映像など多様な表現を展開してきたアーティスト。なかでも写真は一貫して重要なメディアだ。フルブライト留学生として渡米、本格的に取り組んだ最初の写真作品は、セルフポートレイト(自画像)写真。「自分とは何か?」を問うところから始まった写真表現は、今という時代に生かされている自身のアイデンティティーを確認、実現する欠かせない手段となった。

鈴鹿の写真表現の重要なツールはピンホールカメラ(針孔写真機)だ。ピンホールカメラはカメラの原初的な形態。レンズの役目をする針孔を通して暗箱の中に映る外の景色を感光紙に定着させる。鈴鹿の使うピンホールカメラは、現代のテクノロジーを駆使して光の乱反射を防ぐ特製であり、感光紙ではなくフィルムを内蔵させるなど、現代の科学を反映したもの。時間を記録する写真の意図は、より正確、高度な美しさで発揮される。

ピンホールの最初の写真は、四国の室戸岬の朝日だった。弘法大師(空海)を深く信仰していた鈴鹿の母親が当時病床にあり、回復を祈願して空海ゆかりの聖地にピンホールカメラを設置、日の出の光が差し込むのを待った。以来、日本全国の海岸線を旅して朝日や夕日の光、風、空気を撮影。米国のニューメキシコやアリゾナなどの砂漠地帯、インド、チベット、ネパールなどさまざまな国の聖地に及んだ。戦後六十五年目の昨年八月六日には、広島に原爆が投下された時間に原爆ドームの上空の太陽を撮影。負の遺産の聖地でノーモアヒロシマの祈りを込めた。

誌面に掲載した最新作(左ページ上二点)は、バリ島で聖地ウルワツの夕日とアメドの海岸での朝日を撮影した作品。鈴鹿は撮影の旅には必ず筮竹陰陽五行の方位磁石をもって出かけ、方向や場所を決める。偶然の出合いにこそ、自然や宇宙のかかわりの中で「生かされている」ことを実感できるからだ。その「偶然と必然」の意味をピンホール写真に込める。

縁起マンダラ』は、偶然の糸でつむがれる「天・地・人」(天の時、地の利、人の和)の縁や、不思議な力のはたらきに生かされる体験を重ねてきた鈴鹿の創作姿勢が凝縮した作品。母の死後、四国八十八カ所のお遍路を実行した父の行為が機縁となって生まれた。一年間かけての巡礼と撮影行。一番霊場で出会い、知りあった巡礼者をポラロイドカメラで撮影する。その写真を二番霊場で出会った人に胸元に持ってもらい撮影するという方法で八十八番まで撮影。遍路行の人たちが、ひとり前の人の写真を胸元にかかげて写されて次々とつながり、約二千人、二千枚の写真が巡らされた壮観な写真装置の作品に結実した。縁あった人の合掌と祈りを撮影した『合掌マンダラ』の連作も合わせ、「偶然と必然」「陰と陽」の調和を探求する写真表現は縁の広がりと共鳴、共生の熱を増して続いている。

文章:太田垣 實(おたがき まこと)
美術評論家/大阪成蹊大学芸術学部教授